「多眼思考」の書評と感想

ちきりんさんの多眼思考を読みました。
もともとちきりんさんのブログや本は読んでいます。
せっかくなので、書評…というほどでもないですが、個々のツイートに対する感想を述べます。

「忙しい忙しい」って言うと「私は人生で何が大事か、わかっていません」と言ってるみたいな気になるから、言いたくない。

このツイートを最初に持ってきたということは、一番言いたいメッセージが込められているのだと考えた。
人生の優先順位を持つことが大切だ、という価値観がちきりんさんにはあるのではないかと予想している。
私は人生において優先順位を明確化することは、とても大切なことだと感じている。
それがないと、何をやっていいのかが分からない。
何がしたいのかも分からない。
数年前の私がそうだった。

こびないこと。憧れないこと。うらやましがらなこと。「すごい」と言われたら「やばい」と思うこと。誇りをもつこと。小さな池で満足しないこと。楽観的に考えること。一足飛びにすべてを手に入れようとしないこと。自分の器を広げること。

負けないこと、投げ出さないこと、逃げ出さないこと、信じぬくこと…など、自分の大切におもう「こと」を羅列されているのを見るのは気持ちがいい。その人の大切にしていることが少しわかった気がして。
そして、自分自身はどんなとき、何が大切なんだろうかと考える。私はゆるすこと、責めないこと、媚びないこと、ほめること、おそれないこと、が生活が滞ったときに大事だと思える。

人生の時間をどのくらい、誰と共有するかは、人生がどんなもんになるかをほぼ規定する。

さっきのは別に結婚相手ということだけじゃなく、どんな人と仕事するか、どんな人と食事するか、どんな人と飲みに行くかとか全部だよ。「誰とどんな時間を過ごすのか」は「何をするか」とほぼ同等(もしかしたらそれ以上)に大事。

「誰と、どれくらい、どうやって、どんな時間を過ごすのか」
「どういう感情を感じたいか」
これらを考え始めるようになって、今の職場にいつづけても理想の時間を過ごすことができないと焦っている。
でも、考える価値のある問いかけ。逃げちゃいけないし、逃げたくない。

家族とときどき穏やかで笑いあう時間を過ごしたい。
一人で雄大な自然に畏怖の念を感じながら、穏やかさとともに生きていきたい。
ときどきという言葉の中身を、さらに明確化すると、より具体的なイメージに近づきそう。

「成長できる会社」と「成長できない会社」があるんじゃなくて、「どこで働いても成長できる人」と「手取り足取り教えてもらわないと成長できない人」がいるだけ。

自分自身を顧みる。
どっち側だろうか。「手取り足取り教えてもらわないと成長できない人」側だろうな…。
会社のコミュニケーションとかが苦手だしね。

「自分が納得できる仕事をしている」ということの価値はすごく大きいよね。人生なんてしょせん自己満足なんだから。

他人に胸を張って、「やってる仕事が楽しい」や「納得している」と言える人は確かにかっこいい。そういう人になりたい。
今の仕事は…?周りから見れば納得されるけど、自分自身じゃ納得していないのが本音。
大企業のどこにでもいるIT営業。

いじめに「みんなやってるから」で参加する人は、「僕が投げたのは小石1個だけだよ」とか思ってる。でも、被害者には1つ書くこと10万人から、10万個の小石が投げつけられてる。「ちょっと悪口言ったら、すぐにブロックされた」とか言ってる人も同じ。相手の立場を想像する力がない。

暗闇の中でろうそくがひとつ灯ったら、それは大きなインパクトになるだろう。
多くのろうそくが灯ってる中で、ひとつろうそくが灯ってもインパクトは少ない。
だからといって、そのろうそく一つが持つエネルギーは変わっていない。
つねに相手の立場を想像し、思考して行動できるような人間になりたい。

自由度はまだまだこれからもドンドン上がるはず。
たとえば、今はようやく「結婚前に妊娠しても(妊娠した後、結婚するなら)OK」までは来たけど、「結婚せずに妊娠・出産してもOK」状態にはまだなっていない。

「結婚せずに妊娠・出産してもOK」という価値観は、私にはなかったので驚いた。
そして、そういう価値観を思いつきもしなかった自分の視野のせまさが少しだけ残念に思った。
世界はどうなっているのだろうか。日本の制度や価値観ばかりに目を向けている自分の目をもっと広げていきたい。世界や、未来はどうなっているんだろう。

友達が少ないとか、給与が少ないとか、髪の毛が少ないとか、そういうことで悩む必要はないと思う。

ちきりんさん節の「ゆるく考えよう」って発想。すべてのツイートが面白いです。

無理して家を買うとか、3連休だから家族で車ででかけなくちゃとか、「高度経済成長時代に作られた幸せな家庭像」に踊らされているように思えます。「幸せ」のイメージをどこかから借りてきてしまっているのでは?

自分の考える「幸せ」というイメージと、自分の感じる「幸せ」のイメージが違う。
なので、自分の感じる「幸せ」のほうを信用することにした。
労働すること楽しいと思ってたけど、仕事しない日のほうがぜんぜん幸せ。
子供もいたら幸せそうだなと思うけど、欲しいと思わない。

ほかにも琴線に触れるツイートが多数まとめられています。
紙でツイートを見ると、自分はどう感じるのか、考えるのかをゆっくり自問自答できるのが良いですね。

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